2010年7月11日日曜日

トイ・ストーリー3

 妙に慌ただしい一日だった。

 長男が「トイ・ストーリー3」を見たいというので、まず座席の確保に行くことになった。字幕がいいというので調べたら、京都で字幕をやっているところは京都駅にできたイオンモールくらいに見えた。そこで9時前に長男をモール前まで乗せていって、前売り券を交換させる。出てきたのを待って京阪七条でドロップ。自分だけ三条まで行って散髪してもらう。終わったら1045くらいで、そこから一旦帰宅。車を置いて近鉄で京都駅まで。ちょうどこの時は雨が激しかった。映画は1210の回で、着いたら1155。昼食を食べずにそのまま入ろうと思ったら、「まだ入れない」と。気恥ずかしく横によけると、その10秒後に入場案内を始める。なんやねん、と。

 映画はよくできていた。もはやCGでは驚かないし、サスペンスシーンも「この映画ならこれくらいはするだろ」と思う程度。しかし、テーマが「子供は大きくなるとおもちゃから離れていく」というものであり、それは隣に座って映画を見ている子供の姿と重なる、10年前には木のおもちゃを転がして遊んでいたし、5年前はバズ・ライトイヤーのTシャツを着ていた長男が、今では中学生になってキャラクターものには興味を示さなくなっている。それは当然の成長なのだが、成長は喜ばしいことである一方、幼さを失っていくことでもある。もう我が家にもおもちゃで遊んでいた子供は帰ってこない。この映画の冒頭、アンディがおもちゃを使って「ごっこ遊び」をしているシーンが出てくるが、それがビデオであることが明かされる。つまりアンディの母親にとっては、昔の幼かったアンディはビデオ映像の中にしかいないわけだ。それを見た瞬間、涙が止まらない。そういう意味で、とても「ずるい」映画だと思った。

 その後、モールを見てまわることもせず、蕎麦屋で昼ご飯を食べて帰る。途中で近所の小学校に寄って参議院選の投票。夕方には妻をスーパーまで送り迎えし、週末に備えて車にガソリンを入れる。なんやかんやで時間が経ち、今日は職場に行くのはさぼろうかと思っていた。ところが、1940くらいに職場から呼び出し。ちょうど風呂に入っていたが、無視できないのでそのまま着替えて車で出かける。やはり毎日来なさいということなんだろうか。

 夜は開票速報をぼーっと見ている。

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